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平和ボケに浸かっている限り吃音の改善はない

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heiwaboke

どもり覚悟で、
一か八かでのぞんでいっても
良い事なんか何も無かった…。
 
これが、今までの僕の経験で言えること。
 
どもらなかったら

『そんなのたまたま、
どうせ、またいつか、きっとどもるよ…』
 

いつまで経っても
自信なんて出てきやしなかった。
 
どもったら

その時は、立ち直れないくらい
大きなダメージを追ってしまい
傷口はさらに大きく、どんどんと深みにはまる
 
どう考えても、分が悪い。
 

場数を踏んで度胸をつける。

 
こんな度胸試しが
吃音を治すのに最適な方法だとは到底思えない。
 
もちろん、それで改善した人もいるだろう。
 
だが、やはり、リスクが大きすぎる。
 
でも、そんなことをしなくても
吃音って軽減するんです。
 
しかも、そんな風に
直に吃音に向き合わなくても…
 

戦略的撤退

 
ある方が、どもる場面、状況から
うまく避ける(逃げる)ことを
 
戦略的撤退と表現されていた。
 
この表現が
すごく的を得ていて好きです。
 
これは、決してネガティブな考えではない。
 
むしろ逆。
 
考え方としては、こうです。
 
自分の得意なところで勝負する!

 
以前の記事でも同じことを書いたと思いますが
苦手な場所で苦しみながら生きること自体
本来、人間として、動物として不自然なわけです。

 
動物なら、良心地悪さを感じれば
躊躇なく良心地の良い場所に移り住むはずです。
 
人間も本来そうあるべきなんです。
 
でも、その良心地良い場所に行けない。
 
もっと言えば、
良心地良い場所がどこなのかさえも分らない。
 
なぜ、行けないのか?
なぜ、分らないのか?

 
実は、そこにもちゃんとした理由があります。
 
それは、今まで
自分に向き合って生きてこなかったから。
 
これは、本人の責任ばかりではなく
日本の教育にも大きな責任があると思います。
 
言われたことを
言われた通りに出来る子が
日本では、優秀だと順位付けされてきました。

 
すべての基準がコレ↑
 
言われた通りに
良い成績をとって
良い大学に入って
大企業に就職する。

 
日本の社会が敷いてきたレールの上を
歩かせれてきたのです。
 
冷静になって考えてみて欲しいのですが
これって、人格を無視した言わば洗脳ですよ。
 
こんな環境で育てられてきてですよ
オトナになって社会に出て
急に個性を持てなんて言われても無理に決まっている。
 
今まで、個性よりも、
はみ出さずに、皆と同じように生きる方法しか
学んで来なかったわけですから…
 
就活でリクルートスーツを身にまとった学生たち。
 
客観的に見たら
すごい違和感を感じないだろうか?
 
なにコレ?
 
どこかのカルト教団か?
 
そんな風にさえ映る。
 

この事が吃音とどう繋がってくるのか?

 
勘の良い方なら気付いているはずです。
 
そう、
吃音に捉われていることがどういうことなのか?
 
今日の話を吃音に置き換えて考えて欲しいのです。
 
ここには吃音の改善の
大きな手掛かりがあるからです。
 
もっと言えば、
日本の環境
日本の常識ってのに捉われている自分に
気付くチャンスだと思います。

 
まず、今の自分たちが置かれている
この環境を理解することだと思います。
 
日本は平和ですが
 
僕らは、まさしく平和ボケという
無気力な社会に洗脳されて生きているということです。
 
この事の気付きが
吃音完全理解の第一歩だと思います!
 
回りくどいように思えるかもしれないのですが
これが、吃音でも幸せに生きるための大前提なのです。
 
この現実に気付くことで始めて
自分のステージに立てるのです!!

 




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